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最高裁判所第二小法廷 昭和41年(行ツ)109号 判決 1967年9月08日

兵庫県城崎郡竹野町竹野一七六五番地

上告人

竹野林産株式会社

右代表者代表取締役

山下純三

右訴訟代理人弁護士

三宅岩之助

北山六郎

兵庫県豊岡市永井字中田二二九番地の一

被上告人

豊岡税務署長

北垣勉

右当事者間の大阪高等裁判所昭和三八年(ネ)第一八八号法人税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四一年九月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人北山六郎の上告理由第一点について。

論旨は、原審がその挙示の証拠から本件再更正額相当の所得を認定したことが経験則及び自由心証主義に違反する、という。

しかし、原審の右事実認定は、その挙示の証拠に照合すれば相当であつて、所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立脚するか、原判決を正解しないでその違法をいうにすぎないものであつて、採用の限りでない。

同第二点について。

論旨は、本件再更正に手続上の瑕疵がないとした原審の判断に判断遺脱、判例違反、理由不備の違法がある、という。

しかし、本件に適用されるべき法人税法(昭和三七年法律第六七号による改正前のもの)三二条によれば、更正又は決定の通知書にその理由を附記しなければならないのは、当該更正又は決定が青色申告書を提出した事業年度分についてなされたものであるときに限られるのであり、上告人会社は法人税の申告について青色申告の承認を受けていないこと原判決の確定するところである。したがつて、本件更正の通知書にその理由の記載がないからといつて同処分を違法とはいえないとした原審の判断は、相当である。また、本件再更正に上告人の主張するようなその余の瑕疵もないとした原審の判断は、その確定に係る事実関係の下においては是認しうるに十分であつて、所論の違法あるを見出し得ない。

それ故、論旨は、すべて理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

(昭和四一年(行ツ)第一〇九号 上告人 竹野林産株式会社)

上告代理人北山六郎の上告理由

第一点 事実認定は、原審裁判所の所謂自由心証により認定されるところであり、適法に認定された事実は、上告審に於て争い得ないとされているけれども、原審判決は以下に述べるような諸点において、経験則及び論理則等所謂自由心証以前の法則に違反した結果事実を誤認しており、このようにして認定された事実は、民事訴訟法第四〇三条に所謂「適法に確定した事実」と言えず、かかる認定は第一八五条所定の自由心証主義に反するものであつてこれらの違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(1) 原判決は、上告人会社監査役長谷川都夫が、もと会社の取締役であつた田垣林太郎及び永田正一を業務上横領で告訴した事件につき、会社と右被告訴人らとの間に田垣は六二五万円、永田は一八〇万円を夫々会社へ支払う旨の示談契約をしたことを認定した上、「このようにして田垣、永田両名が被控訴会社に支払つた金額は同会社の資本金から考えて単に会社の正規の決算の面における横領金のみであるとは見ることはできないのであつて、別口財産が同会社の裏財産でないとすれば、右両名が山下個人に対しては兎も角、同会社に対しかかる多額の支払をする理由は見出せない」と判断し、これを以て上告人の主張する三名の個人の(会社の所得に帰せられない)事業上の所得を否定する根拠の一としている。(原判決理由第二の(三))

しかしながら、右は明らかに、何ら理由なき独断であり又経験則を無視した判断である。即ち、会社役員が会社の金を横領する場合、横領金と資本金との間には経験則上何のつながりもあり得ないことは、論理上も経験則上も明白なところであり、したがつて又、横領者が会社と示談する金額と会社の資本金との間に何らの法則的つながりのないことは当然であるのに、原判決は、本件に於て横領被疑者が支払つた金額が「会社の資本金から考えて単に会社の正規の決算面における横領金のみであると見ることはできない」としているのである。右の判断の違法は明らかであろう。百万円の会社の役員が一億円の金を横領することも決してあり得ないことではない。現に、本件の場合甲第五号証及びこれに関する長谷川都夫の証言によつても、長谷川が永田、田垣らの作つた昭和二九年度の正規の決算書について調べて判明したところだけでも、約四百万円にのぼる欺瞞乃至不実があつたことが明らかなのであるから、これ以前の何年間かにわたつて、永田、田垣がなしていたごまかしは何千万円かに達していたと見るのが当然であり、これらごまかしの金額合計額は会社の資本金の額に何ら関係ないものであることは明白なのである。右の如き、不合理な推論を以てなされた事実認定及びこれを前提とする判断は到底適法な認定乃至判断とは申せないのは明らかではないか。

(2) 原判決は、本件再更正決定にあたつて、税務署が、乙第一号証の一、二記載の書類を比較検討の上、乙五乃至九号証を作成しこれらと第一九乃至二十一号証とを基礎として、乙第十一号証乃至十六号証、第十八号証の一乃至至三を作成し永田、田垣に随時問い質し、必要に応じ取引先にも問合わせて調査をしたことを認定し、その調査結果は、税務署として「出来る限りの調査を尽した結果」であるとし、「その正確性において欠ける結果はない」と認定している。

しかしながら、右認定も著るしくわれわれの経験則を無視したものである。即ち、原判決が右認定部分(原判決の理由の部の第三)に挙示した書類のうち、乙五乃至乙九号証の如きは、果して原本の通り写したものか否かにつき何らの保証もない写しにすぎず、又、乙十一号証乃至十六号証の如きは、本再更正決定をするために税務署自身が作成した計算書にすぎず、むしろ本件更正決定をするためには当然作成せざるを得ない計算書であつて、いわば、本件再更正決定をするにあたつて作成した調査結果を表にしたものにすぎず、調査の資料でないのは勿論、むしろ結論である。したがつてこれらの書類の作成乃至存在自体は、何ら本件更正決定の調査内容の正確さを担保するものではあり得ないのである。本件で問題なのは、正に、これらの書類の基礎がどのようなものであつたか、調査の資料とされたものの内容はどうであつたか、又、資料とされたもののうち帳簿などは、その記載がどれだけ事実を表現していたか等にあるのであるからこれら原判決の挙示した書類に、その作成者が「これは正確なものである」と如何に証言したとて、何らこれを以て、正確なものと認めるに足りないことは明らかであろう。しかも一方、原判決が認定したところによつても、(イ)これら書類は、上告人会社代表者や告訴人長谷川らではなく、「田垣、永田の説明を求めて検討した結果」作成されたものであること(原判決理由の第一の(1))、(ロ)その間の調査において若干の誤謬の個所はあり得ること(第三の終)、(ハ)右永田や田垣は、会社監査役長谷川から横領で告訴されていたものであり、右税務署の調査当時は会社の役員ではなくなつていたものであり、しかも税務署の検討した書類は右永田の作成にかかるものであつたこと(第一の(1))等は明らかな事実なのであるから、原判決が本件再更正決定前の調査の結果を正確なものと認めたのは、結局、その正確さの裏付けなきまま、結論のみを正確なりと独断したことに帰着するのである。

これを要するに、原審は、被上告人の提出にかかる書類の大部分が被上告人の調査結果を示すものであつて、調査資料ではなく、正にこれら書類の正確性こそが書面上の記載と事実とが一致するか否かこそが問題であるのに、これにつき、何ら正確性を担保するに足る資料はなく、却つて、前記の如くその正確性を疑うべき事実の存在するにかかわらず、その正確性を独断したものであつて、かかる認定はわれわれの経験則に違反した違法を犯したものと言うほかない。

第二点 原判決は、本件再更正決定の手続上の瑕疵に関する上告人の主張を正当に理解せず、これに関する判断を一部脱漏し、又、これに対する法律判断を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

右の点に関する上告人の主張の要旨は、略々、原判決事実摘示中に(一)被控訴人の主張の二として記載されている通りである。

即ち、本件再更正決定においては、被上告人が、先ず決定前の調査において、上告人会社代表者に説明や検討の機会を与えることもなく、監査役から告訴されていて、既に会社を辞めている者達のみから説明を求め、更に、再更正決定自体においても、その理由を全然示さず数字的結論のみを示し、更に、その決定の資料としたところにつき、上告人に検討する機会すら与えず、遂に現在に至るまでその機会を失わしめたという一連の行為は、いわゆ切捨御免の態度であつて、国民の財産権に対する重大な処分である課税権の行使を誤つたものであり、更には、課税処分に対する不服申立権を事実上失わしめ或は極めて困難にした点に於て、重大な瑕疵が存すると主張したのであつた。

これに対し、原判決は、再更正決定に何ら理由を示していないこと、上告人代表者や監査役に説明や調査の機会を与えなかつたこと、又上告人に調査の基礎とした資料を検討する機会を与えなかつたこと等の事実を認めながら、結論として、これらにかかわらず、税務署のなした「調査の結果の正確さそのものに疑をはさむ余地があると認められない」とし、したがつて、手続面に違法はないとしているのである。

しかしながら、右判示は、上告人の主張に対して判断を尽したものとは言えない。何とならば、上告人は調査結果の正確さの有無に関係なく、前述のような本件再更正決定のやり方そのものが、課税という重大な国家権力の行使として、著るしく不当なものであり、その不当性は、本件再更正決定処分そのものを、(その内容的当否とは別個に)違法たらしめるものであるということを主張しているのであるのに、原判決は、これに答えるに内容上の正否の判断を以てしているのである。

しかも、原判決は、税務署が上告人代表者や監査役に対する意見聴取が必ずしも欠けるところがあつたとは認められないとし、その理由として、「山下、長谷川の来署したときに訊ねたが、終始判らんから説明できぬといつた。いろんな質問をしても判らんといわれれば、何時間居てもらつても無意味である」との岸本金徳の証言を引用している(原判決理由第四)、右証言の趣旨は、山下や長谷川らが所謂別口帳簿の内容は判らないと言つたので、別口の帳簿については、これら両名からは聞取りができなかつたことを述べている趣旨であり、又、原判決自らも他の個所(原判決理由第一の(1))に於ては、税務署は所謂別口財産については、田垣永田の説明を求めて検討した旨認定しているのであつて、いずれにしても、更正決定前に、会社代表者に対して如何なる点に更正すべき内容があるのかを指摘したりこれに対する事実の説明を求めたりしたことがないことは明らかなのである。(別口勘定の帳簿の内容につき代表者が知らないと言えば、尚更これらの人達に対してこれらの点を問う必要は大きい筈である)

しかも決定には、何故、如何なる根拠、資料により、如何なる所得があつたと更正されたのかその内容は一切示されずかかる再更正決定の資料とされたものを検討しようとしても、既に検討すらできないままとされた。

このような一連の切捨御免の行為が、課税権という重大な権力行使に当つて許されるか否かこそ、上告人が原審に於て判断を求めたところなのである。原判決のこれに対する判断は、更正決定の内容が正確であるから、違法ではないというのである。これがもし、上告人の求める判断の遺脱でなくて、正に上告人の主張に対する判断であるとするならば、原判決は、更正決定の内容さえ正確であれば、その手続の不当は問う余地がないという判断とみるより他ない。とすれば、これは、明らかに、行政処分の取消事由として内容以外に重大な手続上の違法を認めないこととなるのであつて、このような判断が、行政処分の取消原因に関する幾多の従来の判例に反することは言うまでもない。

いずれにしても右の点は、原判決が上告人の主張に対する判断を遺脱したが、行政処分の取消原因に関する従来の判例法に違反したか、更には、理由不備の違法をおかしたものであつて、判決に影響を及ぼすこと明らかである。 以上

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